三尾やよい

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あこがれの人

ある時は、エレガントなツイードのジャケットに、同じ柄の珍しいバッグ。爪はツヤツヤと赤に塗られ、いかにもヴィヴィアン&ウエストウッドっぽい、いかつい指輪をしている。耳には、尖ったゴールドのピアスがぶっ刺さっている。

 

またある時は、ブラックのワンピースに、ファーの括り付けられた、見たことのないデザインのブーツ。ブラックのバッグの中からバイカラーの赤を覗かせ、爪は洗練された大人しか塗ることの許されない深いグレーで輝いている。

 

こんな格好をして会社に来るのは、わたしが密かに尊敬してやまない、もうすぐ定年になるという他部署の女上司だ。

 

私服OKの職場ではあるが、わたしを含めてそんなにキマッた服装をしてくる人はおらず、ジャージやスウェットっぽいものさえ着てくる人の多い環境で、彼女はまるで「プラダを着た悪魔」のワンシーンを切り取ったかのような存在感をいつも醸していた。

 

わたしは、他人のファッションを品定めする人が大嫌いなのに、自分はというと人のファッションを品定めしてしまっていた。

 

品定めというと言葉が悪い。別に、「これはダサい、あれはダサい」と批評しているわけではなくて、おしゃれな人がいるとゾッコンになって、服のブランドを根掘り葉掘り聞いてしまうところがあった。おしゃれな人はわたしにとって正義だ。たとえその人の素行が悪くて周囲からの評判が芳しくなくても、自分のなかで神格化してしまうくらいには、わたしはどうやらファッションが好きなようだ。

 

彼女は、あまりにもおしゃれすぎた。毎日、赤のバッグ、緑のバッグ、青のバッグ、それに合わせてオレンジのパンプス、緑のピアス、紺のヒール…と、ほぼモノトーンのものしか持っていないわたしがびっくりするようなバリエーションを毎日魅せてくれた。

 

なのに、最近めっきり彼女を見かけなくなった。ホワイトボードを見たら、病欠で数週間休んでいるようだった。他の人に聞いたら、なんとかって病気になったと言っていた。好きな人は、いつでも、いつまでもいるわけじゃない、と思った。

 

復帰してきた彼女とトイレで会った時、「ランチご一緒してくれませんか!」とデートに誘った。そしたら、まだ病気の影響でご飯が食べられないの〜と言っていた。無念。もうちょっと調子が良くなったらお誘いするね、と言われた。

 

しばらく経って、ランチ行こう!と誘われた。わたしは普段の外ランチは、近場の中華やインドカレーに行っちゃう。けれど、お腹に優しいものならお蕎麦かな?と、彼女の体調と年齢を考えて提案した。

 

「お蕎麦ぁ〜?」

 

彼女は、普段のランチはカフェに行くらしい。わたしたちは、彼女の行きつけのプロントに行った。たしかにお蕎麦屋さんよりプロントのほうが彼女に合っていた。いやあ参った参った。

 

「なんでそんなにおしゃれなんですか?好きな雑誌ありますか?好きなブランドありますか?好きなお店ありますか?」

 

何を聞いても、「実はジバンシイが好きでね…」「行きつけは伊勢丹でね…」とかいった種明かしが、まったく出てこない。

 

「好きなブランドも、なんにも決まってないな。ブラブラしてて、素敵!と思ったら衝動買いしちゃうタイプ」だそうで、その素敵!と思う基準がわたしとまったく違う天性のものを持っているからハイセンスなんだ、遺伝子から違うんだと思わざるを得ない。

 

しかし、彼女のファッションが素敵すぎるルーツは、人生を掘り下げていって、やっと知ることができた。

 

「基本的に、人と同じものを着たくないの。だから、生地から自分で作っちゃおう、と」

 

き、生地から?!?!

 

彼女は服飾系の学校に通っていたそうで、学校には機織り機もあった。人とかぶることが大嫌いな彼女は、「じゃあ生地から作ればいいじゃん」というわけで、機織っていたのだ。さすがにパターンは起こせないので、その生地を、パターンがひける友人に渡して、コートなどを作っていたそうだ。

 

さすがに今着ている服たちは既製品らしいが、「人とかぶりたくない」「自分で生地から作る」というくらいのこだわりがあるから、こんなにおしゃれなんだ、と納得がいった。

 

そんな学生だった彼女は、服を作る道ではなく、ひょんなことから編集プロダクションの道に進む。しばらく奮闘していたが、20代のある日、ふと「これでいいのか」と思って退職、「何しようかな〜…そうだ!海外行こう」というわけで、アメリカに行ったのだそう。

 

本人も短期の旅行のつもりで、両親も「気をつけて行ってらっしゃい」と見送ったものの、帰国したのは約一年後。さすがに親は心配して、国際電話が鳴りまくっていたという。現地では適当なアルバイトなどで食いつなぎ、そこでできた友人の家に転がり込み…とかなりハードな日々を送っていたよう。短期の旅行のつもりだった、という割には、帰りの航空券は買っていなかったというのだから、ロックだ。

 

帰国したのちは、また編プロに入り、数年後に独立。十数年間社長業をやり、「もう社長はいいや」ということですべての仕事を今の会社に引き継いで、現在に至るという。

 

どうだ、かっこよすぎるだろう。

彼女の話は、盛っているかんじがしなかった。だって、他の人より一回りもふた回りも魅力的な彼女の言動や仕事ぶりは、社長やってました、海外に飛んでみましたという経歴があってこそしっくりくるものだったから。

 

もう体調は大丈夫、と言っていた彼女だったが、ランチで頼んだ小さなサンドイッチを、半分も残していた。

 

そんな彼女は今、空で…はなく、今日も元気に同じフロアで仕事をしているw